東大に比べて京大生は、安定した大手一流企業ではなく、場合によっては自らの起業を見越してベンチャー企業に就職する人が多いと聞く。
大学全体に「少しでも面白いことをやろう」「面白いことができるやつはすごい」といった雰囲気が根付いているので、そういった就職先を選ぶ人も多いのかもしれない。
私自身、今はベンチャー企業とは無縁の職場に就職したが、就職活動をしていた時は、いわゆるスタートアップベンチャー企業も一応考えていたし、実際に内定までもらうことができた。
提示された月給は30万円。
京大卒とは言え、学部卒1年目の月給としては比較的高額な部類だろう。
ネットでの集客力の実績が買われて、意識高い風に言えばウェブマーケッター的な役割を求められていたのである。
(何年か前に運営していたサイトが月間アクセスが50万PVを超えていたことがあり、まあそれだけなのだが、それだけで内定がもらえた。)
結論から言えばその企業の内定は蹴ったのだが、内定辞退後も卒業までそこでアルバイトさせてくれるとのことで、結局卒業までの8か月ほどそこで働いていた。
立ちぱなし&体力精神力仕事の飲食のバイトは絶対に嫌だったし、卒業までわずか9ヶ月もないような学生を快く雇ってくれる事務系バイトなんて早々見つからなかったし、当時の下宿先からすぐ近くだったし、そんなこんなでアルバイトとしてお世話になったわけである。
そして社会人生活も3年目を迎えようとする現在、心の底からあの企業の内定を蹴って良かったと思っている。
もし同じような局面で悩みを抱えている人がいたら、一度最後まで、読んでみてほしい。
社長ワンマンのスタートアップベンチャー企業に潜む罠
ベンチャー企業と言っても色々あるが、そこはまさにスタートアップ企業。
正社員は京大工学部出身の男性一人で、そのほかはエンジニアのバイトが5~6人。
あとは社長のワンマンという感じだった。
業務内容としては、住宅設備系の業者さんとユーザーのマッチングサイトの運営がメインで、それの営業だったり、サービス改善だったりがメイン。
とにかく住宅設備工事をしたいお客さんを確実に集めて業者とマッチングさせれば、仲介手数料が入ってくるというようなビジネスモデルだ。
ベンチャー企業の一番の魅力と言えば「自分の裁量が大きい」という点で、確かに自分の意見が業務に取り入れられる機会も多く、「自分がこの会社の売り上げを伸ばしてやる!」と本気で考えている人にとっては、それなりにやりがいもあったと思う。
とは言え良くも悪くもそこは社長ワンマン企業。
その人数であれば当然だが、社長が「こうしたい」と言えば、まあ意見することはできても、最終的に全ては社長一人が決めるのである。
確かに裁量はあるのかもしれないが、結局「社長がAと言えばすべてがAになる」みたいな世界を許容できない人にとっては、小さなベンチャー企業は向かないと思う。
むしろ大企業に就職して、自分の部署内だけでも「たった一人の人間に振り回されない裁量」を与えられたほうが、ストレスなく力を発揮できるかもしれない。
ヤバイことやろうとしている社長を止められる人が誰もいないというのは、やっぱり良くないですよ・・・
福利厚生には表れない職場環境の劣悪さ
就活時に提示された福利厚生は、まああまり良いとは言えないものの、最低限の水準は満たしているかな、という程度。
福利厚生が多少悪くてもベンチャー企業なら仕方ないか、そのぶん給料高いもんななどと思っていたわけだが、アルバイトをするにつれ、むしろ福利厚生には表れない職場環境の劣悪さが日に日に見えてきたのである。
トイレに行くときは社長の目の前のタイマーをかける
これが一番びっくりした。
トイレに立つ際は、社長の目の前に置いてあるタイマーをかけてから出ていき、帰ってきたらタイマーを止めて、かかった時間を記録しろというのである。
時間雇用である私たちアルバイトは、きっちりその分給料から差し引かれる(タイムカードに記入させられる)し、正社員の男性も、給料から天引きされることはないものの、タイムカードには全て記録が残されていた。
まず一つ、あまりにケチすぎる。
トイレに行って仕事をさぼるような輩への対策だという社長の言い分も分からなくもないが、それにしてもやりすぎだというのが正直な感想である。
いや、私は特に女性だし、男性であっても、トイレに何分かかったか毎日記録させられるとか、そもそも社長の目の前にタイマーが置かれているとか、あまりに嫌すぎるだろう。
とは言え、この行為が何らか労働基準法に違反しているかというとそうではないし、不当に給料が引かれているとまでは言えないし、なんというか「ぎりぎりのところまで搾り取る」感がすごいとしか言いようがない。
あんな環境下でフルタイム勤務なんて、考えただけでゾッとする話である。
社長がいない間はクーラー、暖房は付けられない
これも結構つらかった。京都は夏は暑いし冬は冷える。
そんな中、社長が席を外していれば、エアコンが付けられないのである。
閉め切った夏の日、扇風機1台で乗り切れるはずもない。
冬は冬で手がかじかんで仕事にならないので、ダウンコートにくるまって仕事をしていた。
私の場合はアルバイトを始めたのが夏の終わりに近い時期だったし、真冬はシフトも少な目だったので何とか乗り切ったものの、あんな環境で1日仕事をしていたら、確実に身体を壊すと思う。
ちなみに真冬は、社長は自分の足元だけヒーターを2つ置いて、自分だけぬくぬくと仕事をしていた。
つくづく、酷い話である。
京都の真冬は寒い。
そんな中、一番古株のエンジニアの男の子が、ある日社長に「早朝の6時頃に出勤して暖房をかけないと、手がかじかんで作業効率が落ちる。暖房をかける費用は、作業効率向上のためには必要不可欠なものだ。」という交渉を行い、やっと少し改善されたのは本当にありがたかった。
事務所内は飲食厳禁なので、食事が毎日困る
事務室内は飲食厳禁と言われていて、食べ物を持ち込むことさえ憚られるレベルだった。
仕事中にお菓子が食べられないのもアレだが、何より昼休みのご飯に結構困った。
当時は学生だったので、できれば家から安いカップ麺を持って行ったり、おにぎりを持って行って食べたり、コンビニで安いパンを買ったり、そういう感じでお昼を済ませたかった。
しかし、職場内が飲食厳禁となると、そういうわけにはいかない。
オフィスは小さなビルの一室なので、庭みたいなものもないし、ものを食べられるスペースがないのである。
そのため、お昼はどうしても外食を余儀なくされる。
もしくはコンビニのイートインスペースか。
お昼休みは1時間しかないのでバタバタするし、アルバイト程度ならともかく、その環境でずっと働くのはちょっと厳しいところがあるというものだ。
社長の気分で「朝5:00出社、14:00終業にしようかな」などと言い出す
社長は割と朝型の人間だった。
私は完全なる夜型人間なので相容れないのだが、特にひどいことに、その社長は朝型を他人にも強要しようとしていた。
一般的な会社の始業時間は早くて8時、多くは8時半や9時ごろだと思うが、その会社の始業は5:00だった。
朝の5:00である。一応事情はあって、エンジニアのすべてを京大のアルバイトに頼っていたその会社は、授業が始まる8:45までにある程度の労働時間を確保する必要があったのだ。
だから、アルバイトの学生の多くは5:00から出勤していた。
私はというと、もともと不真面目な4回生、授業もないので大学に行く用事もなく、一人だけ8:00か9:00頃から出勤していたが・・・。
私は当時、社内で唯一マーケティングができる(という設定だった)ため、そういったワガママ(?)も多少は許されていたが、その朝型生活は正社員の男性にも強要されようとしていた。
結局、その朝型の件とは関係なくその正社員の男性は仕事を辞めたため、その話は無かったことになったのだが、あの会社で正社員になるということは、社長の「5:00始業にしようや。」の一言に振り回される覚悟を持たなければならないのである。
ちなみにこの段階で、社内に正社員は一人もいなくなり、細々とした事務対応や業者とのやり取り、お客さんからの電話対応等は全て私と社長が分担して行っていた。
(基本的に私はマーケティングに集中するように言われていたので、営業などは社長が全て一人で行っていたが・・・)
まあその他にも、お金を払ってくれない業者さんに対して訴訟を起こし、強制執行をしたりと、色々と興味深い業務はあったのだが、あれはアルバイトで十分、一生の仕事にする気はない。
ちなみにその会社、今はアルバイトの男の子一人をリモート勤務で雇用し、社長はオフィスを解約、田舎の実家に拠点を移したようである。
正社員がいないからこそできた英断なのかもしれないが、そんなところで働いていなくて心底良かったと思う。
まあ月収30万円と言っても、住宅手当などの福利厚生はほとんどないし、ボーナスだってどれくらい出るか分からない。
それに今の職場は、全員にデスクヒーターが配布され、冬でもぬくぬくと仕事ができる。
基本給はこのベンチャー企業よりハッキリ言って10万円くらいは安いが、福利厚生やら諸手当やらがそこそこもらえるので、結局年収にしたら今の職場の方がたくさんお金をもらえる計算になる。
朝型強要事件のタイミングで退職していった正社員さんも、京大出身の優秀な人だった。
だからこそこの話、ベンチャー企業を検討している高学歴層には決して無関係な話でもないと思う。
(実際、就活の時も京都大学の学生や、京都大学出身で、現在は花王に勤めているという男性なども面接を受けに来ていた。)
就職先はよくよく検討して欲しいと思うばかりである。
ここで思うのは、別にあの社長は特段悪い人というわけでもなかったし、ビジネスモデルも収益率の高い優れたものだったと思うし、やっぱりそもそも「社長ワンマンベンチャー」という環境そのものに限界があったのではないか、と思う点だ。
自分の力を試したい、という一心で、大企業からの内定を蹴り、スタートアップベンチャーに就職を決める京大生は多い。
だが実際、少なくとも体感として、彼らの離職率が決して低くはないのも事実である。
大切な新卒カードを切る就活という場面、色々な可能性を、冷静になって考えてみてほしい。