私は京大経済学部出身なのだが、京大経済と言えば、(色々と意見はあるだろうが)実態としては「パラダイス経済」という通り名にふさわしい場所だったと、いま改めて思う。

 

最近は京大に限らず大学の出席確認必須化だとか、学生同士のグループワークの活性化だとか、そういう「(強制された)主体的な学び」みたいなものが推奨されている世の中だから、そんな世の中の最後の砦(?)として、こんなキャンパスライフがあったんだよ、ということを記録しておきたいだけなのである。

 

まず、京大経済学部には卒論がない。専門科目の必修もない。そして何より楽単が多い。

 

専門科目の必修がないというのはまさに文字通りで、数ある専門科目(経済に関する科目)の中から84単位、英語を8単位、第二外国語を8単位、般教を24単位取れさえすればOKというもの。

 

そして、その専門科目が、端的に言ってラクすぎる。

もちろん全ての科目が"ラク"だとは言わないが、「楽単だけを追い求めて」いても、84単位は充分に揃う。

 

さらに裏技を使うのであれば、10単位までは他学部の単位も算入できるというシステムがあり、これを利用して農学部の楽単を経済学部の専門単位に算入する猛者も多かった。

 

まあここまで読んだ時点で、大学の講義には出るべきである、講義をサボってイキっているなんて寒い、という立場の人からすれば、これは心の底から許し難いくそ記事であると感じることだろう。

 

ただ、京大経済学部という一応日本国内ではそこそこ上位だとされている大学に入学し、なんだかんだ3回生の前期で単位をほぼすべて取り揃え、成績も真ん中か中の上くらいを保っていたわけで、これは自慢というわけでもなく、「日本のトップに近い層の実態がこれでよかったのか」という一抹の不安と、まあ文系の大学生活なんてそんな感じで良いんじゃないの、という楽観的な思考を整理しておきたいのである。

 

※これはあくまで文系の学部、という制約はあると思います。理系の方々に喧嘩を売るつもりはありません・・・

 

京大経済学部の講義の実態

これは京大経済学部に入学したいと思う人、コロナで対面授業を全然受けられていない1回生、京大経済学部をぶっ潰したいと思っている人などに読んでほしいのだが、京大経済学部の実態は結構酷い。

 

全員が全員真面目に講義に出ていないわけではないということを注釈しつつ、少なくとも私はまあほとんど一切の勉強をすることなく、講義にも最低限以外は出席せずに卒業したので、経済学部の底辺のことはよく知っているというわけである。

いわゆる「楽単」の授業の実態

楽単と言ってもいくつか種類がある。

 

①出席点なし、テストなし、評定はレポート100%

②評定はテスト100%だがテスト当日には教科書持ち込み可、もしくは過去問と全く同じ

③評定は出席点100%

④リクルート目的で行われるリレー講義や講演

 

どれも、性質は違えど楽単で、ハッキリ言って一切の勉強をしなくても単位が取れてしまう。

中には「レポート80%、出席点20%」みたいなものもあるが、本質的には同じである。

 

こんな講義だけで84単位が揃ってしまうのだから、京大経済学部は「パラダイス」と呼ばれるのである。

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①出席点なし、テストなし、評定はレポート100%

①まず一つ目。出席点もないし、テストもないという最もヤバいパターンである。

出席点がなければ当然誰も出席しないのである。

 

これは本当に酷い話で、講義への登録人数(実際の履修人数)は多いから、教室は大講義室(400人くらい入る部屋)をあてがわれる。

 

しかし、出席点がないのだから誰も授業に出席しない。

 

その結果、学期の途中で教室変更のお知らせがあり、小さな会議室ような教室に変更となった。

 

400人くらい登録していても出席していたのは10人にも満たなかったと、真面目な同級生から聞いた。

 

期末試験前になると、レポートの情報がシステムに自動で上がるので、それを見てそれっぽいレポートを作成するのである。

 

もはやこの形態、先生もこうなること分かってるやろ・・・と言いたくなる。

 

気付いたら単位だけが降ってきているような感覚なので、善悪の感覚すらなくなるような、そういう形式の講義だ。

②評定はテスト100%だがテスト当日には教科書持ち込み可、もしくは過去問と全く同じ

②二つ目の、評定はテスト100%だがテスト当日には教科書持ち込み可、もしくは過去問と全く同じというパターン。

 

こういう形式はかなり多く、たいていは講義資料がシステムにアップロードされる。

 

万が一アップロードされない場合も、講義資料だけ貰ってくる当番を決め、それを友達同士で共有すれば済む話である。

 

テスト100%ということは、当然評定には出席点が加味されない。そもそも出席を取らない。

当日、テストを受けさえすれば単位が取れるというわけだ。

 

私などは、テスト1週間ほど前になると、講義資料を全て印刷し、一通り目を通す。

 

当日に何も持ち込めない場合は、講義資料に書いてあることを一通り覚え、過去問を確認する。

教科書持ち込み可の場合は、このあたりで教科書を借りるか、購入する。

 

文字通りの一夜漬けだが、10時間ほどかけて講義資料を1周すれば、少なくとも60点以上は得点することができる、そんなレベルの話だ。

 

特に経済学部は「マーケティング」「経営学」などの講義も多く、難しい理論を必要とせず、当日のテストは自分の考えを記述するようなものも少なくない。

 

中にはすべての問題が4択で、「今回の講義担当である〇〇先生の出身大学は次のうちどれでしょう」みたいな問題がたくさん出る講義もある。

 

(これは、講義に出ている人は答えられる・・・という意図の作問だが、過去問の傾向からそういった出題があることは把握しているので、当然、先生の出身大学や講演者の出身大学や勤め先は事前に暗記していくのである。)

 

こんなことが世間に知れたら、ひっくり返ってしまう方々も少なくないのではないだろうかと思う。

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③評定は出席点100%

③そして3番目の、出席点が100%というもの。

平たく言えば、出席してさえいれば単位が出る。

 

100%はさすがに言いすぎだとしても、例えば出席点50%、レポート50%といったものや、出席票に講義の感想を書く欄があり、それを提出して出席点を与えるといった類のものもある

 

もうお分かりかもしれないが、これは代返の嵐になる。

 

講義の感想を書かされるようなものも、その日のレジュメを見ればある程度記入はできるし、友達と交代で出席するのであれば、13回の講義を5人で回せば、まさに楽勝である。

 

講義に出ている人数と提出された出席票の数が合わないのだから、先生だって当然気が付いているが、それに対してとやかく言うような先生はいない。

 

そもそも、京大経済学部の先生方は同じ場所で我々と同じような学生時代を過ごした方が多いので、授業をサボることに対しては寛容、むしろ積極的でさえあるのだ。

 

 

私が京大に入学したばかりの1回生の最初の講義、ほぼ全員が講義室に入ると席が足りず、立ち見が多数出ていたことがあった。

それに対して先生は、「大丈夫、どうせすぐに人減るから!」と何度も言っていたのがとても印象に残っている。

 

テスト当日に「初めましての方も多いかと思いますが、〇〇と申します。」と自己紹介を始める先生もいる。

 

是非はともかくとして、これが京大経済学部の文化と伝統だとして、それを守っていこうという先生が一定数存在するのである。

 

これが良い風潮なのかと言えば、まあ良いものではないかもしれない。

 

ただ、「学びたい学生は強制しなくても来るんだから、全員に出席を強制するのは間違っている」という意思を持った先生たちの、ある程度の抵抗の形なのかもしれない。

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④リクルート目的で行われるリレー講義や講演

④これは寄付講義やリレー講義などに多く、全国の色々な企業の方を招き、実質的な講演会を行う。

 

主旨としては経営学の学びのために経営戦略を話してもらう、といったものが多いが、実態はリクルートである。

 

名刺交換の時間が設けられるし、講演の半分は講演者の自己紹介と労働環境について、会社の紹介が行われる。

 

企業からすると、下手にリクナビやマイナビを通して京大生限定イベントを開催するよりもよっぽど安上がりなのだろうし、共同研究など先生とのコネクションの問題もあるのだろう。

 

こういった講義は、基本的に落単しないように「最低限度の提出物さえ出していればOK」といった場合が多い。

 

 

出席点20%、レポート80%(レポートは2回)という設定で、レポートを2回とも出さず2~3回しか出席票を提出しなかった知り合いも、きちんと(?)単位が与えられていた。

 

 

とまあこのような感じだから、京大経済学部はパラダイス経済などと呼ばれるのである。

 

これを読んだ京大経済学部生の中には、「いやいやこれは京大経済学部の風評被害だ」と言いたくなる人も多いだろうし、あくまでこれは「底辺から見た風景」であるということを注釈しておく。

 

ただ個人的には、一見静かに講義に出ていたとしても、先生の話を聞かずにスマホを触っていたり、結局寝てしまったり、そういう中途半端なことをするくらいなら、いっそ底辺まで落ちたほうが良いんじゃないの、という気はしている。

 

私も本当にすべての講義をサボり倒していたわけではなく、中には本当に真面目に、意欲をもって受けていた講義もあるが、そんな時には、もちろんスマホなんてほとんど触らなかったし、触りたくもならなかった。

 

京都大学も今は色々な変革を迫られている時期だから、こういった風景はもう見られなくなるかもしれない。

 

私が卒業してからはまだ2年も経っていないが、もうあと3年もすれば、この記事のような風景が化石のような扱いを受けているかもしれない。(今の立て看板のように)

 

ただこれが、私が経験してきた京大経済学部のキャンパスライフの一部であり、正直、特に後悔はしていない。

 

もっと勉強すれば良かったな、とは思うが、それは別にもっと講義に出席すれば良かったな、ということではないからだ。

このような光景の是非を置いておいたとして、いつまでこの「伝統」が続くのだろうか・・・

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