nick brakeと申します・・・というハゲタカジャーナル
研究者であれば誰もが一度は「ハゲタカジャーナル」の存在を耳にしたことがあるはずだ。
先日、ある研究者の方から「このようなメールが届いたのだがどう思うか?」という相談があったのだが、それは『nick brakeと申します。英国に本社を置くimpactという企業に勤務しています。』という本文から始まる、一見するとスパムにも見えるメールであった。
本文中には、自分(nickさん)は日本語ができないが、同僚の日本人に頼んで翻訳してもらってこのメールを書いている、KAKENHI のウェブサイトで拝見した〇〇いうプロジェクトに関しご相談がございます、といった内容が長文で書かれている。
大まか内容をまとめると、
・東大や京大、その他有名国立大学等でも実績がある
・研究の結果やデータは不要で、研究が世界に与える影響の部分にフォーカスするので、手間はかけさせない
・IngentaConnect(インジェンタ・コネクト)にてオープンアクセスとなる
というもの。
一つ面白いことに、Google検索で「ingenta connect」と入力すると、先ほどのメールの冒頭箇所「nick brakeと申します。英国に本社を置くimpactという企業に勤務しています。」というサジェストが表示されるのである。
料金は1ページあたり650スターリングポンド、掲載は最低3ページ以上とのことだった。
日本円にして650スターリングポンドは約9万円、それを最低基準の3ページ作ったとして、30万円近い金額となる。
30万円前後というと、ちょうど一般的なハゲタカジャーナル(ハゲタカかどうかはさて置いたとしても、少なくとも「お金さえ払えば論本を掲載してもらえるジャーナル」のまさに相場ともいえる。
いくら「研究内容が世界に与える影響にフォーカスする(つまりただの論文誌ではない)」とは言っても、研究結果やデータ不要というのはやっぱり怪しいだろう。
とは言え、どうやら各大学で確かにingenta connectとの取引実績はあるらしく、大学の公式HPでingenta connectに研究内容が掲載されたという報告記事があがっているケースも多い。
しかし、おそらく科研費のサイトを見て手当たり次第にスパムのようなメールを送り、最低でも30万円近い料金を請求するとなると、どうもこれを、「研究内容紹介の招待が来た!」と手放しに喜んでも良いものか、個人的には非常に疑問なのである。
これを企業の営業の一環と言うべきか、ハゲタカと呼ぶべきか、私は未だに判断に迷っているのである。
それならScientific reportsやMDPIはハゲタカジャーナルなのか?
ハゲタカジャーナルの話題で避けては通れないのがScientific reportsやMDPIの存在である。
何年か前まではScientific reportsも「いくらNatureの姉妹紙だからって、高額なお金を払えば論文を載せてくれるなんて、これこそハゲタカジャーナルだ」という批判も多かったが、オープンアクセスジャーナルというものが普及し、多くの価値のある論文がScientific reportsに投稿した結果(?)、今では「インパクトファクターは高くないが、ハゲタカではないよね」くらいの共通認識に落ち着いている印象がある。
ハゲタカジャーナル一覧表として名をはせた「Beall's list」で言及されていたことだが、当然、自分が投稿した論文誌は悪く言いたくないもので、いくら元々ハゲタカジャーナル扱いされていた雑誌であっても、多くの先生がそこに投稿すれば、自然と誰も「ハゲタカ」とは言えなくなってしまう。
デリケートな政治問題の一つともいえるかもしれない。
(Scientific reportsのインパクトファクターは4.1くらいだし、半分程度の論文は査読で落とされているという話もあるので、結局のところ一つの分野の比較的ニッチな論文だったり、ポスドクや助教などの駆け出し研究者だったり、そのあたりの層がターゲットの普通の論文誌と考えるのが妥当なところでしょうか・・・ねえ・・・)
Nature Communicationsの査読で落ちたら自動的にScientific reportsに案内されるという噂もあるし、なんかこう、auがUQモバイルを子会社化して、auをやめて格安SIMに移行しようとする客を今度はUQモバイルにドナドナするような、そういう気配を感じてしまう。(いやちょっと違うか・・・)
大学の研究紹介ページを見ていると、最新の研究ほどScientific reportsに掲載されているような印象があるが、これに対して、「もしかしてScientific reportsだと他の論文誌より早く掲載できるというメリットもあるのかな?」と言っている研究者もいた。
言われてみれば、確かにScientific reportsはかなりスピーディな気はする。
(査読が適当だからスピーディだとか、あんまりそういうこと言っちゃいけないんですよね・・・)
MDPIはハゲタカというべきか否か
Scientific reportsの議論が落ち着いたところで、次に出てくるのはMDPIである。
Beall's listではもともとMDPIをブラックリストに挙げていたが、MDPIからのあまりに激しい攻撃により、MDPIをブラックリストから除外したという経緯がある。
そもそもBeall's list自体、相次ぐ攻撃やそれによってBeallさん自身が解雇の危機に陥ったために、2017年にはリスト自体が閉鎖されている。
論文掲載という特殊性を考えなければ、ダメな企業の一覧リストを作って公開しているわけなのだから、全方向からハチの巣にされるのは当然ともいえるが・・・。
ともあれ、MDPIは近年急激に成長しているのは間違いない。
これも結局、過去にいくらハゲタカ呼ばわりされていようと、多くの論文が投稿されれば知名度も信頼度も上がってきているし、それが今の「MDPIの中にはそこそこ信頼のおける雑誌もあるよ」という風潮に繋がっているのだろう。
今では「MDPIはハゲタカだ」などと一括りに一刀両断しようものなら、白い目で見られてしまうかもしれない。
(というより、MDPIに投稿しちゃった人が増えすぎたとも言うべきか。)
まあスパムのごとく大量に勧誘メールを送ってくるという観点から、手放しで信頼するのもどうなのかな、というところで、「不安は残るけど近年急成長している新興企業」という位置づけが妥当と言えるだろう。
ハゲタカジャーナルに関する色々なサイトやブログが、結局こういう結論に落ち着いているのも仕方ないのかもしれない。
(学振への応募だったり、ポスドクや助教のポストの公募だったり、そういった対策のために「分かって」投稿するのであれば良いと思うが、無知なまま貴重な研究費をつぎ込んで投稿している人をたくさん見たことがあるので、モヤモヤとした気持ちは晴れないのである。)
結局のところハゲタカジャーナルの見分け方とは何なのか
結局のところ、ハゲタカジャーナルに明確な見分け方や基準は存在しない。
インパクトファクター、査読にかかる時間、勧誘メールの怪しさ、査読の先生のレベル、投稿されている論文のレベル、金額などを鑑みて、「自分が出しても良いと思える論文かどうか」を判断するしかないのだろう。
インパクトファクター1~2程度の雑誌だって、履歴書を埋める目的が達成されるなら十分に価値があるだろうし、一方で「そのようなハゲタカジャーナルの噂のある論文誌に投稿すること自体恥だ!」という考える人も当然ながら存在する。
(そもそも私は研究者ではないので、あまり偉そうなことは言えないのであるが)
ハゲタカジャーナルの見分け方やら、冒頭の『nick brakeと申します。英国に本社を置くimpactという企業に勤務しています。』が果たして本当に怪しいのか、そんなことを調べているうちに、こんな記事を書いてしまったのである。
そもそも論文誌のハゲタカ問題は結構デリケートなので、研究者であれば口にするのは憚られるだろうし、まして知り合いの先生と議論をするなんていうのもなかなか難しいのかもしれない。
ただ、気の置けない研究者の知り合いが、明らかなハゲタカジャーナルに大金をつぎ込もうとしていたら、やっぱり私は勇気を出して、全力で止めてしまうと思う。